ある漫画を読んでいて、手が止まった。

目先の利益や、生き残るための優位を求める行動を「悪」と呼び、見返りを計算できないほど先を見据え、大きな視野で行動することを「善」と呼ぶ。そんな趣旨の一節だった。

善悪について、ここまで「視野」という切り口で考えたことはなかった。でも、自分の仕事や日々の判断に重ねると、妙に腑に落ちた。

01どこまでを見るかで、「いい判断」は変わる

たとえば、何かを売るとき。自分の今月の売上だけを見ていれば、契約が取れた時点で成功になる。

でも、お客さんが半年後にどうなっているかまで考えれば、説明する内容は変わる。場合によっては、売らないという判断も出てくる。

さらに、その家族や従業員、同じ業界への信頼まで考えれば、一件の契約の意味はもっと大きくなる。

自分にとっては一件の売上でも、相手にとっては、何年も影響が残る決断かもしれない。

どこまでを見るかによって、「いい判断」の中身そのものが変わる。

自分の利益を求めることは自然なことだ。会社を続けるには利益が必要だし、生活を守るために必死になることもある。

ただ、自分の利益を計算するときに、誰かの負担を計算の外へ追いやっていないか。自分が得をした分、見えない場所で誰かが無理をしていないか。そこには、自分で問い直す余地があると思う。

02自分が引いた区切りの先にも、人の生活は続いている

怖いのは、人を傷つける判断が、いつも悪意から生まれるとは限らないことだ。

「今月さえ乗り切れれば」 「自分の担当はここまでだから」 「その後のことは相手が考えるだろう」

一つひとつは、口にしてしまいそうな言葉だ。

でも、その言葉で区切った先にも、人の生活は続いている。こちらの仕事が終わったあとに、相手の苦労が始まることもある。

だから、判断するときには、自分が引いた区切りの先を一度見てみたい。

03自分が回収できる範囲を超えて、価値を残せるか

そして、この漫画の言葉で、特に心に残ったのは「見返りを計算できないほど先を見る」という部分だった。

信用を積み重ねれば、いつか仕事につながる。誰かを助ければ、いつか助けてもらえる。そう考えることにも意味はある。

ただ、現実には、返ってくるか分からない親切もある。自分の名前が残らない仕事もある。自分がいなくなったあとに、ようやく役立つものもある。

それでも、やる意味があると思えるか。

自分が回収できる範囲を超えて、価値を残そうとできるか。

そこに、この言葉の深さを感じた。

04遠くを見ることと、近くを丁寧に見ること

もちろん、遠い未来を語れば、それだけで善になるわけではない。

「将来のため」「社会のため」と言いながら、目の前の人の負担を見落とすこともある。大きな理想を持つほど、今そこにいる一人の声を聞く必要があると思う。

自分自身の生活や限界も、その視野に含めていい。自分を壊しながら続けることまで、善の条件にしなくていい。

遠くを見ることと、近くを丁寧に見ること。その両方を持ちたい。

05自分の判断に向ける、三つの問い

この考え方は、他人を善人か悪人かに分けるために使うと、急に乱暴になる。

自分の判断に向けると、意味のある問いになる。

毎回、すべてを見通すことはできない。余裕がなくなれば、視野が狭くなる日もある。

それでも、決める前に一度立ち止まり、自分の都合の外側まで考えてみる。

その積み重ねが、仕事の仕方にも、人との関わり方にも表れていくのだと思う。