自分がプロとしてやっていることなら、「この場合はこうする」が、頭の中にありますよね。仕事でも、趣味でもいい。人に聞かれれば説明できるし、うまくいかなければ、どこを直すかも見当がつく。
人に分かりやすく伝えられる自分になりたい。決めたことを最後までやり切れる自分になりたい。好きな仕事で、人の役に立てる自分になりたい。なりたい姿はある。でも、今日何をすれば近づくのかは、はっきりしていない。
得意なことと、これからできるようになりたいこと。その差は何なのか。僕は、頭の中に、結果を出すための構造があるかどうかだと思っています。それを「化学」と「数学」で考えると、分かりやすいんです。
01化学は、試して確かめる。数学は、関係から導く
化学は、物質の性質や変化を調べる学問です。材料を組み合わせたり、温度を変えたりして、何が起きるかを観察する。そうした実験から、物質の仕組みや法則を確かめていきます。
数学は、数や図形などについて、定義や前提をもとに、関係を論理的に考える学問です。例えば「距離=速さ×時間」という関係が分かっていれば、時速60キロで2時間進むと120キロになると計算できる。実際に走る前に、結果を導けます。
化学にも数式があるし、数学にも試行錯誤はあります。ここでは、実験から法則を探す面を「化学」、分かっている関係から答えを導く面を「数学」と呼ぶことにします。
最初は、やってみないと分からない。でも、結果を重ねて共通項を見つければ、「この条件ならこうする」が見えてくる。そこまで分かると、今度は欲しい結果から逆算できる。僕が言う「化学から数学へ」は、この変化のことです。
02プロの頭の中には、判断の分かれ道がある
例えば営業で「価格が高い」と言われたとき。経験者は、すぐに値下げするとは限りません。本当に予算が足りないのか。価格に見合う価値が伝わっていないのか。今すぐ必要だと感じていないのか。まず、どれなのかを確かめる。
予算の問題なら、提供する範囲を絞れるか考える。価値が伝わっていないなら、何が改善するのかを説明する。同じ「高い」という言葉でも、理由によって対応が変わる。この判断の分かれ道が、頭の中で整理されているんです。
ここで言う方程式は、数字の式に限りません。「この条件なら、この方法が使える」と判断できる構造のことです。経験者が説明しやすいのも、順番を組めるのも、細かな違いに気づけるのも、その構造があるからです。
料理でも同じですよね。味が薄いとき、塩が足りないのか、水分が多いのかを考えて、足すか煮詰めるかを選べる。初めて作る人には「何か違う」としか分からないところに、経験者は原因と直し方を見ています。
ところが、これからなりたい自分の領域には、まだその構造がない。完成した姿は見えていても、そこへ行くための方程式は持っていない。だから、得意なことと同じ感覚で設計しようとしても、うまく組めないんです。
03まず「なりたい自分」を、できることに分ける
「成長したい」「自信を持ちたい」「仕事ができるようになりたい」。どれも自然な願いですが、そのままだと、何をすればいいか決めにくい。そこで、「どんな場面で、何ができる自分になりたいのか」まで分けてみます。
例えば「伝えるのがうまい自分」なら、「会議で、自分の提案と理由を短く説明できる」「初めて聞く相手にも、専門用語を使わずに説明できる」。ここまで具体的になると、練習することも、確かめることも見えてきます。
最初の案は、合っているか分からなくてもいい。試してみれば、「一文にまとめる前に、自分の考えが整理できていなかった」と気づくかもしれません。なりたい姿を行動に分けるのは、こうして確かめられる形にするためです。
04量をやるのは、自分の方程式の材料を集めるため

最初から、自分に合うやり方が分かっているとは限りません。だから、実際にやってみる必要がある。一度うまくいっただけでは、やり方が良かったのか、その場の条件が良かったのか分からない。一度失敗しただけで、向いていないとも決められません。
例えば、分かりやすく話せたつもりでも、相手によって反応が違うことがあります。ある人には短い説明で通じたのに、別の人には伝わらなかった。比べてみると、前者は背景を知っていて、後者は初めて聞く内容だったと気づくかもしれない。
すると、「短く話せばいい」だけでは足りないと分かります。「相手が何を知っているかを確かめ、その人に必要な説明をする」という理解が加わる。経験が、自分の方程式を少し詳しくしてくれるわけです。
そういう結果を、何度も集めて比べる。「こういう相手には、この説明が通じる」「この条件だと、うまくいかない」。共通項が見えてきたら、もう一度試して確かめる。量をやるのは、自分の中に方程式を作るためなんです。
まだ材料がないうちは、考えるだけでは分からないことが多い。何回かやって分かった気になっても、相手や条件が変わると通用しないことがある。だから、量がいる。その量を使って、「なぜそうなったか」まで拾う必要があります。
05試すだけで終わらず、「次はどうするか」を残す
試したあとには、「どんな条件で、何をしたか」「結果はどうだったか」「次は何を変えるか」を残す。立派なレポートでなくていいので、後から見比べられるくらいのメモを取ります。
例えば、毎晩勉強すると決めたのに続かなかったとします。そこで「自分は意志が弱い」で終えると、次も同じやり方で頑張ることになりやすい。でも、疲れて帰宅したあとに、長い時間を確保しようとしていたのかもしれない。
それなら、まず一回の時間を短くしてみる。時間の長さが問題ではなさそうなら、始める時刻を変えてみる。何を変えたら取り組みやすくなったかを確かめると、「自分は、この条件なら始めやすい」という理解ができます。
一度に全部変えると、何が効いたのか分かりにくくなります。できる範囲で変える点を絞り、その日の条件も残す。そして、うまくいった方法を別の日にも試す。一度の成功を、少しずつ使える知識にしていくんです。
同じ方法でうまくいかなかった日も、大切な材料です。「このやり方はダメだ」で終わらず、何が違ったのかを見る。使える条件と例外が分かってくるほど、自分の方程式は役に立つものになります。
06分かってくると、理想から今日の行動を逆算できる
自分に合う条件が見えてくると、計画の立て方も変わります。「もっと頑張ろう」だけでなく、「これができるようになるには、今週は何を練習するか」「どこで止まりそうだから、先に何を準備するか」を考えられるようになる。
例えば、人前で分かりやすく話したいなら、伝える内容を決め、相手の知識を確かめ、説明を組み立て、実際に話して反応を見る。それぞれの役割が分かっていれば、自分に足りない部分を選んで練習できます。
準備を十分にしても伝わらないなら、情報を詰め込みすぎていないかを見る。言いたいことが整理できているのに話せないなら、声に出す練習を増やす。全部を一緒に「話す才能」の問題にせず、直せるところに分けられるわけです。
ここまで来ると、やっと設計できる。「自分はここで詰まりやすいから、先にこれを準備しよう」「この条件なら、あの方法が使える」。毎回手探りだったものに、順番と理由ができてくる。数学に近づいた状態です。
ただ、人の反応や、その日の状況まで式どおりには動きません。分かっている条件を使って計画し、外れたところを確かめる。結果を見ながら方程式を直すところまで含めて、設計なんだと思います。
07好きではない過程も、なりたい自分につながっている

なりたい自分を思い描くとき、見えているのは、できるようになったあとの姿です。堂々と話せる。自分で仕事を進められる。好きなことを通じて、人の役に立てる。その姿は魅力的でも、そこまでの毎日が、全部楽しいとは限らない。
話すのがうまくなりたい人にも、自分の説明を聞き直して、分かりにくさに向き合う時間がある。何かを作れるようになりたい人にも、思い通りに動かない原因を調べる時間がある。やり切れる自分になりたい人にも、気が進まない日に着手する場面があります。
この、まだできない期間がしんどいんですよね。時間をかけても結果が出ない。何を直すかも分からない。できる人には当たり前のことが、自分には難しい。でも、そこで経験を積んで構造をつかむ前にやめたら、なりたい姿との間は埋まらない。
僕が言いたいのは、なりたい自分を選ぶなら、そこに至る好きではない過程も引き受ける必要があるということです。好きな仕事がしたい。それなら、その仕事をできるようになるための練習や修正もやり切る。「好きな部分だけやりたい」では、身につかないものがある。
何でも我慢すればいい、とは思いません。その作業で何ができるようになるのかは、確かめる必要がある。でも、必要だと分かっている練習まで「やりたくない」で避けてしまったら、できるようになるための経験が増えない。
頑張った分だけ必ず報われるとは言えない。それでも、欲しい結果のために必要なことを、できない時期からやり続ける。その時間を引き受けるかどうかは、自分で決めることです。
08全部を一人で発見しなくていい
全部を自分で発見し直す必要はありません。先にできるようになった人がいるなら、教わればいい。本や事例にも、すでに誰かが見つけた方程式があります。
そのとき、「何をすればいいか」に加えて、「なぜそうするのか」「どんなときには使わないのか」も聞く。手順だけまねるより、その人が何を見て判断しているのかを知るほうが、自分の場面に応用しやすくなります。
ただ、借りたやり方が、そのまま自分に合うとは限りません。使ってみて、合わなかった条件を確かめ、調整する。教わることと実践することを組み合わせて、自分で使える理解に変えていくんです。
09なりたい自分は、小さな方程式の積み重ねでできていく
まだ何が大事か分からないなら、教わりながら小さく試す。経験はあるのに毎回迷うなら、結果を比べて整理する。使えるやり方が見えたなら、目標から行動を組み立てる。今の段階によって、必要なのは量だったり、振り返りだったり、設計だったりします。
一度できた方程式も、ずっと同じとは限りません。相手や環境、自分の状況が変われば、合わなくなることもある。そのときは、また小さく試して更新すればいい。分からなくなったことは、これまでの経験が全部無意味になった、ということではありません。
「自分には向いていない」と決める前に、まだ経験が足りないのか、経験を整理できていないのかを見てほしい。どちらなのかで、次にやることは違います。
方程式がないなら、量をやって見つける。見つけたら、欲しい結果から逆算する。その間にある、好きではない練習や、うまくいかない時間もやり切る。僕には、この三つがつながっています。
今、自分が得意にしていることにも、最初は分からなかった時期があったはずです。なりたい自分の領域でも、同じように構造を作っていく。まず、何をできるようになりたいのか。そのために、まだ分かっていないことは何なのか。そこから始めればいいと思います。




