「天才」って言葉、ずっと引っかかっているんですよ。

誰かが天才って呼ばれているのを見るたびに、その人が実際に何をやったのかを分解してみるんです。そうすると、だいたい同じところに行き着く。ゼロから何かを生んだ人って、ほとんどいないんですよね。もともと世の中にあった部品を、まだ誰もやっていない組み合わせでくっつけた人。それが天才って呼ばれている。

ただ、「天才なんて組み合わせただけじゃん」で終わらせると、それはそれで雑なんですよ。何度か考え直して、今の僕の結論はこうです。

天才って、組み合わせを「探す」のと、どれが当たりかを「見抜く」のを、めちゃくちゃな回数やった人なんじゃないか。

で、LLM(ChatGPT とか Claude みたいな AI)が出てきて変わったのは、まさにこの「回数」のほうだと思っていて。今日はその話をします。

01ウィニーって、部品の掛け算なんですよ

分かりやすいのが Winny(ウィニー) です。2002年に公開されたファイル共有ソフトで、作ったのは金子勇さん。「天才プログラマー」ってよく言われますよね。映画にもなりました。

でも、Winny を分解するとこうなるんです。

  • P2P(パソコン同士で直接やりとりする仕組み)……Napster や WinMX がもうやっていた
  • 匿名性・暗号化……海外の Freenet がもう形にしていた
  • 人気のファイルほど、勝手にネット上に複製が増えていく仕組み
  • Windows で誰でも使える手軽さ

一個一個は、全部あったものなんですよ。金子さんのすごさは、それを組み合わせて、実際に動いて、何百万人が使えるものにまで持っていったこと。思いつく人はいたかもしれないけど、動くところまで作り切った人はいなかった。

で、その結果どうなったか。違法なファイルのやりとりが広がって、さらにウイルスと組み合わさって、警察の捜査資料とか自衛隊の内部資料までネットに流れた。2006年には官房長官が会見で「Winny を使わないで」って呼びかけてるんですよ。一個のソフトが、国の問題になっちゃった。

金子さん自身も逮捕されて、最終的に最高裁で無罪にはなったんですけど、その2年後に42歳で亡くなっています。

金子さんの技術力にケチをつけたいわけじゃ全然ないです。言いたいのは、「天才」ってラベルを貼った瞬間に、そこまでの試行錯誤が見えなくなるってことなんですよね。表に出てない試作と失敗が、絶対に山ほどあったはずなので。

02アインシュタインも、LLM も同じ

もっとでかい話をすると、アインシュタインの相対性理論もそうなんです。

材料は、ほぼ先に揃っていたんですよ。電気と磁気の理論(マクスウェル)、光の速さはどっちに向かって測っても変わらないという実験結果(マイケルソン・モーリー)、中心になる変換式(ローレンツ)。ポアンカレって人は「相対性原理」って言葉まで使っていた。重力の理論のほうで使った数学も、60年前に別の数学者が作っていたもので、それを友達の数学者に教わりながら物理に持ち込んでいます。

じゃあアインシュタインは足し算しただけかっていうと、そうじゃない。みんなが「光を伝える謎の物質をどう説明するか」で悩んでいたところに、「いや、そもそも時間と空間って絶対なの?」って、問いの立て方ごとひっくり返した。同じ部品を見て、違うつなぎ方を見つけたんですよね。

そして、今みんなが毎日使っている LLM。これもほぼ既存技術の集合体です。

部品ざっくり何をしているかいつ出てきたか
ニューラルネット大量の例から、少しずつ直しながら学ぶ1980年代
言葉を数字で扱う技術単語を「意味の近さ」が分かる数字に置き換える2013年ごろ
Attention文のどこに注目すればいいかを学ぶ2014年ごろ
Transformerそれを使って文章を一気に処理する2017年
大量のデータと GPUネット上の文章を、現実的な時間で学習させる2010年代
人の評価で調整する技術人が良い悪いを教えて、会話できる形にする2022年に実用化

ChatGPT が出てきたとき、みんな「急にすごいのが出てきた」って驚いたじゃないですか。でも部品は何年も前から論文で公開されていた。新しかったのは「この規模で、この組み合わせで、会話にしてみた」ことなんですよね。

03天才は「打率」じゃなくて「打席の数」

じゃあ、部品が全部あったなら、なんで他の人には作れなかったのか。僕は2つだと思っています。

1つ目は、探した量。手持ちの部品をあれこれ組み合わせて試す、その回数がとにかく多い。サイモントンっていう心理学者が、科学者や作曲家の一生の仕事を調べたら、名作を多く残した人ほど、駄作も多く残していたらしいんですよ。当たる確率はそんなに変わらなくて、変わるのは打席の数。エジソンも電球のフィラメントに竹を見つけるまで、数千種類の素材を試してます。

2つ目は、見抜く目。山ほど試した中から「これだ」って気づけるかどうか。アインシュタインが問いをひっくり返せたのも、金子さんが動くところまで持っていけたのも、ここの精度だと思います。

あともう一個、大事なことがあって。「天才」って名前は、当たりを引いた人にしか付かないんですよ。同じくらい試して、たまたま当たらなかった人は歴史に残らない。つまり天才かどうかって、結果が出るまで誰にも分からないんです。本人にも。

04数か月かかっていた1周が、数時間になった

ここからが本題です。

僕が LLM でいちばんヤバいと思っているのは、「AI が賢くなった」ことより、一人で試せる仮説の数が桁違いになったことなんですよ。

昔は、何か一個アイデアを確かめるのに、こういうループを回す必要があったじゃないですか。

  • 思いつく → 調べる → 詳しい人に聞く → 足りない技術を勉強する
  • → 試作を作る → 失敗する → 原因を調べる → 別のやり方を試す

これ一周で、数週間から数か月。一生で回せるのは、たぶん数十回です。だから、知識があって、自分で作れて、相談できる仲間がいる、ごく一部の人しか、まともに打席に立てなかった。

今は LLM に、AI のコーディング、検索、いろんな API を組み合わせれば、この一周が数十分から数時間で回るんです。

しかも大事なのは、「AI に正解を教えてもらう」って話じゃないってこと。こういう動き方ができるのが革命的なんですよ。

  • A × B を試す → ダメ
  • A × C を試す → 微妙
  • B × D × E を試す → お、面白い
  • そこに F を足す → けっこう使える
  • 作ってみる → 人に触ってもらう → 数字を見る → 直す

半年かかってた一周が一日で回るなら、試せる回数は100倍以上になる。天才と呼ばれた人たちが一生かけて積み上げた量に、普通の人が数年で追いつけるかもしれない。

05組み合わせの数って、そもそも人間には多すぎる

数字で考えると、もっと面白いんですよ。

使えそうな技術とか、考え方とか、ビジネスモデルが100個あるとしますよね。そこから3つ選んで組み合わせるだけで、16万1,700通りあるんです。5つだと約7,500万通り。

1日1通り試しても、3つの組み合わせを全部試すのに400年以上かかる。天才と言われた人たちも、この中のほんの一部を、勘でつまんでいただけなんですよね。

もちろん、全部やる必要はなくて。今は AI にこう頼めるんです。

  • 「この中で成立しそうな組み合わせを100個出して」
  • 「技術的に無理なやつは落として」
  • 「お客さんがいそうなやつに、20個まで絞って」
  • 「上から順に、小さく作って試そう」

とんでもない数の組み合わせを、筋のいいところから、ものすごいスピードで当たっていける。ここが、今までと決定的に違うところです。

06「天才の条件」が変わる

昔の天才って、式にするとたぶんこうなんですよ。

知識量 × 発想力 × 作る力 × 試した回数

今は、このうちの知識量と作る力を、AI がかなり肩代わりしてくれる。試した回数も、AI のおかげで桁ごと増やせる。そうなると、人間の側で差がつくのはこのへんになってきます。

  • 何と何を掛け合わせるか
  • 何を試すか
  • 結果を見て、次に何を試すか
  • どこまで実際に作って確かめるか

だから LLM って、「普通の人を勝手に天才にしてくれる機械」ではないと思っていて。天才と呼ばれた人たちが頭の中でやっていた探し方を、普通の人がものすごい物量で回せるようにする道具なんですよね。才能が配られたんじゃなくて、やり方が配られた。

07試行錯誤そのものを、AI に回させる

で、さらにその先があって。

「アイデア100個出して」って AI に頼んでいるうちは、まだ人間が指揮を取っているんですよ。でも、このループそのものを AI エージェントに回させたらどうなるか。

仮説を立てる → 調べる → 組み合わせる → 試作する → テストする → 評価する → 直す → またテストする

これが自動で回るなら、僕らが寝ている間も探索が進むわけです。そうなると、価値があるのは「いいアイデアを一個持っていること」じゃなくなる。大量の仮説を、安く、速く試せる仕組みを持っていることになるんですよね。

僕が LLM に感じているすごさを一言で言うと、たぶんこれです。

人類ではじめて、試行錯誤そのものを大規模に自動化できるようになった。

「AI で文章が書ける」「コードが書ける」より、こっちのほうがずっとでかい変化だと思っています。

08それでも、人間に残るもの

と、ここで終わると、ただの AI 最高って話になっちゃうので。どれだけ自動化されても、人間に残るものが3つあると思っています。

1つ目は、問い。AI は、世の中ですでに言われていることの組み合わせは得意です。でも「どこで本当に人が困っているか」は、現場にいた人間にしか分からない。自分が働いてきた現場とか、つまずいた経験とか、「これ不便だな」って感覚とか。そういう自分の人生にしかない部品は、AI の中には入っていないんですよ。回数がみんなに配られるなら、差がつくのはそこです。

2つ目は、見抜く目。100倍試せるようになると、今度は「これ当たりか?」を判断するところが詰まる。でも、見る目って、たくさん見ることでしか育たないじゃないですか。回せば回すほど、回すのがうまくなる。ここはいい循環だと思っています。

3つ目は、責任。Winny の話を思い出してほしいんですけど、組み合わせたものって、作った人の意図を超えて広がるんですよ。速く試せるってことは、失敗が世の中に届くのも速いってこと。だから、手元ではいくらでも試していい。でも世の中に出す前に「これで誰が困るか」は一回考える。前にインタビューで話した「人に迷惑をかけてもいい。ただし、ケツを拭き切れるなら」と同じ話です。

09「自分は天才じゃない」は、もう言い訳にならない

天才かどうかは、結果が出たあとにしか決まらない。事前に自分で決められるのは、何を試すかと、何回試すかだけです。

これまでは、その回数に生まれとか環境で天井があった。だから「自分は天才じゃないし」って打席に立たないのも、正直ちょっと合理的だったと思うんですよ。でも、一回試すコストがここまで下がった今、それはもう言い訳にならない。

うちの会社には、コードを書いたことがないまま入ってきて、AI と会話しながら開発の現場に立っているメンバーがいます。外から見たら「未経験なのにすごい」かもしれないけど、中でやっていることは、たぶんこの記事に書いたことそのものなんですよね。部品は AI が貸してくれる。試作も AI と一緒に作る。自分が持ち込むのは、前の仕事で見てきた現場と、「ここ不便だったな」っていう感覚です。

前にインタビューで「やりたいことがないって、情報を知らないだけ。とにかく動きが足りない」って話をしたんですけど、今はその「動く」のコストが、めちゃくちゃ安くなっている。

何を掛け合わせるか選んで、とにかく試して、当たりに気づく。それを一番多く、一番うまく回した人が、あとから天才って呼ばれるんだと思います。

話を聞いてみる

選考ではなく、まず面談から。挫折の経験がある方ほど、一度お話ししたいと思っています。

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